山本浩之

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やまもと ひろゆき
山本 浩之
プロフィール
愛称 ヤマヒロ
出身地 日本の旗 日本大阪府堺市
生年月日 1962年3月16日(52歳)
血液型 B型
最終学歴 龍谷大学法学部
所属事務所 ピーエイチカンパニー
職歴 関西テレビ放送
(1985年4月 - 2013年3月)
活動期間 1985年 - 現在
ジャンル 報道情報スポーツバラエティ番組
出演番組・活動
現在 ちちんぷいぷい
たかじんのそこまで言って委員会
ヤマヒロのぴかいちラジオ
過去 アタック600
いつでも笑みを!
プライスバラエティ ナンボDEなんぼ
FNNスーパーニュースアンカー』ほか
アナウンサー: テンプレート - カテゴリ

山本 浩之(やまもと ひろゆき、1962年(昭和37年)3月16日 - )は、大阪府堺市生まれ・泉佐野市育ちのフリーアナウンサー[1]で元関西テレビ放送アナウンサー。

愛称ヤマヒロ[2]2014年(平成26年)にアナウンサーとして日本テレビへ入社した山本健太の実父でもある[3]

目次

来歴・人物

大阪府立佐野高等学校龍谷大学法学部を卒業後の1985年(昭和60年)に、アナウンサーとして関西テレビ放送へ入社した。現在は、奈良県奈良市に在住。家庭では、健太を含む3人の息子の父親でもある。

関西テレビアナウンサー時代

関西テレビへの入社後は、プロ野球競馬などのスポーツ実況や、情報番組バラエティ番組リポーターなどを経験。しかし競馬中継では、当時の主力が杉本清馬場鉄志などのベテランアナウンサーであったことなどから、実況の機会は年間で数レースにとどまった。その後は、報道・バラエティ番組を主に担当しているため、競馬関連の番組にはほとんど出演していない。その一方で、『シュートinサタデー』『 いつでも笑みを!』(毎週土曜日の午前中に関西テレビの本社スタジオから放送されていたFNS系列全国ネット番組)ではパートナーを務めた。

また、1997年(平成9年)10月から半年間深夜番組クロスファイア』の司会を務めたことをきっかけに、『プライスバラエティ ナンボDEなんぼ(ナンボDEなんぼ)』などのバラエティ番組で個性を発揮(後述)。2007年(平成19年)1月5日から2012年(平成24年)7月27日までは、関西テレビのポッドキャスト企画第2弾『ヤマヒロのアナ Pod cafe』のパーソナリティを担当していた[4]

ニュースキャスターとしての活動

1991年(平成3年)4月に『FNNアタック600』(当時平日の夕方に放送されていたローカルワイドニュース番組)のメインキャスターに抜擢。同番組の後番組『アタック ザ・ヒューマン』でも、1997年9月までメインキャスターを務めた。

2002年(平成14年)には、『ほっとカンサイこの1年 NYリポート』(前年12月に収録・放送)で第18回FNSアナウンス大賞の大賞を受賞。2006年(平成18年)4月には、『FNNスーパーニュースアンカー』の「アンカーマン」として、『アタック ザ・ヒューマン』からの降板以来8年半振りに平日夕方のローカルワイドニュース番組のメインキャスターに復帰した。ただし、『アンカー』のアンカーマン就任前から担当していた『ナンボDEなんぼ』(土曜日の午後に放送)については、「報道だけじゃ息が詰まる。精神的なガス抜きの場を失いたくない」との理由でレギュラー出演を続けた。

『ナンボDEなんぼ』が2009年(平成21年)12月で事実上終了してからは、ニュースキャスターとしての活動にほぼ専念。2013年(平成25年)までは、阪神・淡路大震災東日本大震災を教訓とした防災関連の特別番組や、国政選挙の開票特別番組(関西ローカル)などでもキャスターを担当した。2012年(平成24年)2月13日から3月9日までは、『アンカー』の特別企画「雨ニモマケズをさがして -山本浩之 被災地を歩く-」で、東日本大震災で被災した福島県宮城県岩手県内に滞在しながら取材リポートを送っていた[5]

関西テレビからの退社・フリーアナウンサーへ転身

関西テレビ(KTV)は2013年(平成25年)2月20日に、山本が同年3月31日付で退社することを発表した。山本自身は、退社を決めた理由として、「2012年に50歳を迎えたことを機に、今後のアナウンサー人生について想いを巡らせた結果、これまでやったことのないさまざまな仕事に挑戦してみたくなった」「(学生時代から関心の高かった)ラジオ番組で活動したい」と述べている[6]

同年4月1日からは、『アンカー』のアンカーマンを続投する一方で、山本の妻が社長を務める個人事務所「PH(ピーエイチ)カンパニー」所属のフリーアナウンサーとして活動[7]。フリーアナウンサー転身初日の4月1日(月曜日)には、『スーパーニュースアンカー』の本番前に、『子守康範 朝からてんコモリ!』(MBSラジオ平日早朝の生ワイド番組)→『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』(ABCラジオ平日午前の生ワイド番組)→『上泉雄一のええなぁ!』(MBSラジオ平日の生ワイド番組)の順にゲストで出演した[8]

テレビでは、同年4月5日(金曜日)にMBSテレビのスポーツ情報番組『カワスポ』の第1回へ出演したことを皮切りに、(KTVを含む)フジテレビ系列局以外の放送局制作の番組にも登場。転身後の半年間は、『アンカー』のアンカーマンとしての活動を優先するため、他の番組にはKTV時代と同じくゲストで出演することが多かった。

その一方で、2013年6月16日からは、大学の先輩・やしきたかじんが「委員長」を務める『たかじんのそこまで言って委員会』(隔週金曜日に収録する読売テレビ制作の討論バラエティ番組)に「副委員長」として登場。当時病気療養中だったたかじん及び、それまで「副委員長」として出演していた辛坊治郎の代理扱いながら、KTV以外の放送局で初めてレギュラーを務めることになった[9]。なお、たかじんが2014年1月3日に逝去した直後には、特別番組『たかじん追悼スペシャル そこまで逝って委員会』(同月25日放送)で辛坊・宮根誠司朝日放送出身のフリーアナウンサー)と共に司会を担当している。

ニュースキャスターからパーソナリティへ

2013年9月27日には、「世代交代」や山本自身の意向(前述)などを理由に、『アンカー』のアンカーマンを降板[10]2013年10月15日からは、毎週火曜日(2014年4月4日から金曜日)の夜間に、MBSラジオの生ワイド番組『ヤマヒロのぴかいちラジオ』でメインパーソナリティを務めている[11]。ラジオ放送事業を運営していないKTVでアナウンサーとしてのキャリアを積みながら、MBSやABCのラジオ番組に何度もゲストで出演してきた(後述)山本にとっては、この番組が地上波ラジオ番組での初レギュラーになった。

さらに毎日放送では、2014年4月7日から、『アンカー』と放送時間の一部が重なる『ちちんぷいぷい』(MBSテレビ)のレギュラーに山本を起用。山本は、2007年4月から総合司会を担当中の西靖(毎日放送アナウンサー、当初は木・金曜日のみ → 2011年10月から月 - 金曜日担当)との共同司会扱いで、月 - 木曜日のメインパーソナリティを務める[12]

ちなみに、週刊誌の「女性自身」が2014年に日本全国の女性読者300名を対象に「好きな男子アナウンサー」のアンケートを実施したところ、全体で6位に当たる13票を集めた(同年4月22日号掲載分)。この順位は、関西圏を中心に活動するアナウンサーの中でトップに該当。また、10位以内に入ったアナウンサーでは、山本が最高齢である[13]

エピソード

新人アナウンサー時代のエピソード

  • KTVが阪神甲子園球場から阪神タイガース(阪神)読売ジャイアンツ(巨人)のナイトゲームを中継していた日に、入社後初めての宿直勤務に就いたところ、試合中にもかかわらず中継を打ち切ったことに対する苦情の電話を受けた。折しも当日は、阪神戦を試合終了まで中継する『サンテレビボックス席』(サンテレビ)でも同カードが生放送されていた。スポーツアナウンサーを志望していた山本は、中継の打ち切りをなじる相手を納得させようと、局内のモニターから流れるサンテレビの中継を見ながら試合の模様を即興で実況。山本が「試合終了、タイガース辛くも逃げ切りました」との言葉で実況を締めくくると、山本が新人のアナウンサーであることを知らない相手から、「感動した! 阪神の勝利の瞬間というのは、何回も目にしたことあるけど、受話器持って立ったまま聞いたのは初めてや。お前、結構喋んの上手いなぁ。アナウンサーでもなったらどうや!」という感想を告げられた。山本はこの即興実況を機に、アナウンサーとしての夢を「たった1人であっても、視聴者に感動してもらうこと」に定めるとともに、「いつか放送で阪神対巨人戦を実況したい」という決意を固めたという[14]。ただしKTVでは、阪神対巨人戦の実況を担当する機会のないまま、スポーツアナウンサーから報道番組のキャスターに転じている。

かつらに関するエピソード

  • 『アタック600』のキャスターに抜擢された頃には、頭髪が薄くなっており、局内では「20代なのに若々しさがない」「お前、全然若々しくない」などと評されていた[15][16]。そこで、当時の先輩アナウンサー・桑原征平からの勧めで、かつらを付けるようになった。山本は初めてカツラを付けた日のことを「人生、バラ色でした」と述懐している[15]。その後は常にかつらを気にするようになり、取材時には集中力の分散に悩まされるようになった[15]。取材中、頭上後方から突き出されたマイクにかつらが引っかかり、ずり下がった[15]ほか、生放送中に番組で使用したオウムが頭に止まったことで、七三分けがセンター分けにずれたこともあった[17]
  • 関西テレビの社屋が西天満にあった頃、エレベーターで上岡龍太郎と会う事が多く、「君は男前やけど、髪の毛が少し薄くなってるのがちょっとな…」と言われた事があった[18]
  • 1998年(平成10年)1月7日、『クロスファイア』の放送の中で、自らがハゲであること、これまで番組にかつらをつけて出演していたことを告白した[15]。山本は、「アナ Pod Cafe」にて、かつらをもっと早い時期にとりたかった、「自分には合わない」と感じていたが、「アタック600」担当中はとれなかったので、このタイミングになったと告白している。
この一件は、ワイドショーやスポーツ新聞に取り上げられ、大きな反響を呼んだ[15]。更に深夜に放送されていた頃の『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』でも紹介された[19]。山本のもとには、全国の視聴者から手紙が届き、ほとんどが告白を称賛する内容だったという[20]
  • 『クロスファイア』での告白以降、「ハゲネタ」を武器にバラエティでさらなる活躍を見せるようになる。
『ナンボDEなんぼ』の「無駄ムダ調査隊」のコーナーでは、ムダブルーというキャラクターを担当し、ハゲハゲビームなる物を繰出していた[21]。「ハゲハゲビーム」の前身「ツルピカフラッシュ」「ツルピカビーム」は、この番組で誕生したと言われる[誰によって?]
  • 他にも、かつらに関するエピソード、自称「ハゲネタ」「ヅラネタ」は数知れず、トミーズ雅をして「その頭売ってくれ」と言わしめた[20]。これらのネタは彼がパーソナリティを務めるポッドキャスト「ヤマヒロのアナ Pod Cafe」などで、本人自身が赤裸々に告白している。
  • iPhoneのアプリケーションに、ヤマヒロ電球なる物が存在している[1]。これも、自身の「ハゲ」に因んでいる[1]

FNNスーパーニュースアンカーでのエピソード

  • 天皇特例会見[22]における民主党の小沢一郎幹事長の対応について、2009年(平成21年)12月14日放送で「いろんな意味での政治利用にですね、使おうとたかが一政党の一幹事長ごときがですよ、勝手にそんなところにもし手を突っ込んで暗躍してたんだとしたら大変な問題ですよね」と発言。翌15日の冒頭にて「山本アナの身内に不幸があり、同15日と16日は休む」との告知があり、これが前日の発言の直後だったため一部のネットで憶測を呼んだが、水曜コメンテーターの青山が身内の不幸についてブログで詳細に明かしてこれらの憶測を完全否定している[23]
  • 橋下徹大阪市長が推し進める政策のうち教育問題についてはかなり厳しい論調となり、橋下もツイッターで番組と山本を名指しして反論している。『アナPod cafe』で共演者から指摘された時に「大阪都構想など他の政策は支持するけど教育観だけは合わない」と述べており、『そこまで言って委員会』の討論テーマで「アンチ橋下か?」との問いに「違う」とはっきり明言し、その後の500回記念SPでも辛坊治郎から「夕方ニュースの現役の時に橋下市長とバトルしていたけど?」の問いに対し、「対立しているのは教育基本条例と桜宮高校の件の2つだけで(この時のテーマの)大阪都構想については基本的に賛成の立場です」と述べていた。

趣味・特技

趣味は落語ギターの演奏、ゴルフなど。『ヤマヒロのアナPod cafe』や、メインパーソナリティへの就任発表を兼ねて初めて出演した2014年3月18日放送分の『ちちんぷいぷい』では、特技として歯笛を披露した。

ギターについては、KTVのアナウンサー時代から、フォークバンド「エルキュール上野とアフターアワーズSHOW」のメンバーとしてヤマヒロ名義で演奏活動を展開している[24]ほか、『クロスファイア』でかつらの着用を告白した際にもVTRの中で演奏。MBSラジオで2本目のレギュラー番組『茶屋町ヤマヒロ会議』では、第1回(2014年4月6日)の生放送中に、番組内のジングルを即興で数パターン作っている。

また、『アンカー』の水曜コメンテーターの青山繁晴が主宰している「インディペンデントクラブ」のライブ集会を兼ねて、2011年9月4日に京都のライブハウス・都雅都雅(とがとが)で青山とのジョイントライブを実施[25][26]。『ちちんぷいぷい』総合司会就任後の2014年5月3日土曜日)に服部緑地野外音楽堂で開催のジョイントコンサート春一番2014」初日公演には、「エルキュール上野とアフターアワーズSHOW」のメンバーとして出演するとともに、ギターの独奏も披露した[27]

さらに、KTVアナウンサー時代の2008年11月16日には、同局主催のライブイベント「Livejack Special Stories -Drama×Songs-」のサプライズゲストとして大阪城ホールのステージに登場。「(同イベントに出演していた)ET-KINGの新メンバー」という触れ込みで、ET-KINGの楽曲『愛しい人へ』を同グループと一緒に熱唱した。

在阪民放局アナウンサーとの交流

KTVのアナウンサー時代から、柏木宏之上泉雄一(いずれも毎日放送アナウンサー)、三代澤康司朝日放送アナウンサー)、森武史読売テレビ元アナウンサー)と親しく交流している。KTV時代には、柏木・三代澤・森とともに落語講演会で同席。山本が『上泉雄一のええなぁ!』に電話で出演したり、『ヤマヒロのアナ Pod Cafe』に森をゲストに迎えたりしたこともある。さらに、所属局のチャンネル番号(リモコンキーID)にちなんだ「10ちゃん8ちゃん」というコンビ名で、森と共に漫才を数回披露していた[28]。ちなみに、2014年4月から『ちちんぷいぷい』で共演中の西や石田英司とも、KTVのアナウンサー時代から酒席を共にするほどの面識があった。

フリーアナウンサー転向の初日には、放送時間の一部が重なる『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』と『上泉雄一のええなぁ!』へ立て続けに出演(前述)。2013年6月1日には、大阪市淀川区シアターセブンで、有料のトークイベント「三代澤康司 × 山本浩之 × 森たけしLIVE『二ヶ月贈(おく)れの卒業式』」を開催した[29]2014年3月21日には、読売テレビの番組と連動した落語会「平成紅梅亭 東西特選落語会 上方 夕の部」(森之宮ピロティホール)で、森と共に「ぴっかりメガネ」というコンビ名で本格的な漫才を披露した[28][30]

現在の出演番組

過去の出演

テレビ番組

関西テレビアナウンサー時代
フリーアナウンサーへの転身後も出演
フリーアナウンサーへの転身後

ラジオ番組

以下は、『アンカー』の本番前にゲストで出演した在阪ラジオ局の生ワイド番組。

映画

  • ジョゼと虎と魚たち(2003年12月13日公開、「ジョゼと虎と魚たち」フィルムパートナーズ、関西テレビが製作に協力)
    麻雀屋客役
  • プリンセス・トヨトミ(2011年5月28日公開、東宝製作、関西テレビが製作に協力)
    関西テレビの地元・大阪が舞台であったことから、『アンカー』のキャスターとして共演していた当時の後輩アナウンサー・村西利恵とともに、同番組のスタジオから架空のニュースを伝えるシーンで登場。さらに、大阪府庁前で撮影されたシーンにも、「大阪国民」の1人としてエキストラで出演している。

関連人物

芸能人

アナウンサー・DJ

  • 若田部克彦 関西テレビ時代の山本の後輩で、同局の現役アナウンサー。2009年には、『アンカー』の放送中に、山本と同様にカツラの着用を告白した。
  • サニー・フランシス 『アンカー』金曜日のコメンテーター。
  • 古川圭子 毎日放送アナウンサー。『ちちんぷいぷい』木曜日ではアシスタント、金曜日の『ヤマヒロのぴかいちラジオ』ではパートナーとして、2日続けて同局の生放送番組で山本と共演している。

以下のアナウンサーとは、関西テレビのアナウンサー時代から公私にわたって交流。

  • 柏木宏之 毎日放送アナウンサー
  • 三代澤康司 朝日放送アナウンサー
  • 森武史 読売テレビアナウンサー
  • 上泉雄一 毎日放送アナウンサー。MBSラジオの番組パーソナリティとしては、山本の先輩に当たる。

以下のアナウンサーは、関西テレビ時代の山本の上司で、後に同局を定年で退職。退職後は山本と同じく、フリーアナウンサーとして活動している。

  • 桑原征平 山本がカツラをつけるにあたって相談を受け、その仲介をした相手でもある。
  • 杉本清 山本がKTVの若手アナウンサーだった時代に、競馬実況を指導していた。
  • 馬場鉄志 杉本と同じく、競馬実況を指導していた。

脚注

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  1. ^ a b c 関テレ・山本浩之アナ 4月フリーに デイリースポーツ 2013年2月20日閲覧
  2. ^ 生前のやしきたかじんのように、彼のことを、本人のいない場所でハゲと呼ぶ者もいる。
  3. ^ “ミス成蹊に元モデル!日テレ、個性派揃いの新人アナお披露目”. スポーツ報知. (2014年6月1日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20140601-OHT1T50304.html 2014年6月1日閲覧。 
  4. ^ 2007年2月5日には、iTunes StorePodcastアクセスランキングにおいて、iTunes「テレビ/映画」のカテゴリーの2位を記録。Podcast総合ランキングでは27位だった。
  5. ^ 『アンカー』の出演最終週になった2013年9月23日から9月27日までは、『FNNアタック600』時代から延べ14年半にわたったニュースキャスター生活の集大成として、東日本大震災および阪神・淡路大震災の被災地への追跡取材企画「山本浩之 伝え切れない被災地 - 雨ニモマケズをさがして 2013 -」を放送した。
  6. ^ “ヤマヒロ「アンカー」9月で卒業 ABC、MBSのラジオ局争奪戦決着!?”. msn産経ニュースwest (産経新聞). (2013年7月23日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130723/wlf13072317170011-n1.htm 2013年7月24日閲覧。 
  7. ^ “関テレ・山本浩之アナが3月末退職 フリー転身後も『スーパーニュースアンカー』は継続”. ORICON STYLE. (2013年2月20日). http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/2021849/full/ 2013年2月20日閲覧。 
  8. ^ “山本浩之アナ、フリー初日から各局出演”. 日刊スポーツ. (2013年3月27日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20130327-1103657.html 2013年3月27日閲覧。 
  9. ^ “たかじんの“代打の代打”、辛坊の後任に山本浩之アナ 「そこまで言って委員会」”. msn産経ニュースwest (産経新聞). (2013年6月1日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130601/wlf13060109470004-n1.htm 2013年6月1日閲覧。 
  10. ^ “山本浩之アナ 報道番組を9月に卒業”. デイリースポーツ. (2013年7月23日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/07/23/0006184695.shtml 2013年7月23日閲覧。 
  11. ^ “ラジオ初レギュラー挑戦の山本浩之アナ「恋多き男目指す」”. スポーツ報知 (報知新聞). (2013年9月10日). http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130910-OHT1T00054.htm 2013年9月9日閲覧。 
  12. ^ “ヤマヒロ「ちちんぷいぷい」参戦!“ピカピカ”新コンビ”. スポーツニッポン. (2013年12月27日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/12/27/kiji/K20131227007274780.html 2013年12月29日閲覧。 
  13. ^ 山本以外にベスト10へ入ったアナウンサーは、1位:安住紳一郎TBS、137票)、2位:羽鳥慎一日本テレビ → フリー、91票)、3位:桝太一(日本テレビ、73票)、4位:武田真一NHK、24票)、5位:上重聡(日本テレビ、15票)、7位:宮根(集計時点で50歳、12票)、8位:藤井恒久(日本テレビ、9票)、9位:中村光宏フジテレビ、7票)、10位:生田竜聖(フジテレビ、5票)。なお、この結果については、2014年4月15日放送分『ちちんぷいぷい』の「ヤマヒロのこれだけは!」の冒頭でも取り上げられた。
  14. ^ 龍谷大学同窓会「親和会」が2011年5月14日に開いた山本の講演会『日々新たな出会い、発見』
  15. ^ a b c d e f “勝手に関西世界遺産 登録番号203 山本浩之アナ”. 朝日新聞. (2009年1月29日). http://www.asahi.com/kansai/travel/kansaiisan/OSK200901290019.html 2012年7月14日閲覧。 
  16. ^ “関テレ・山本アナ(3)かつら、放送中ズレた! 勇気ある告白を日本中が絶賛(1/4ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2012年4月30日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120430/wlf12043017010015-n1.htm 2012年9月21日閲覧。 
  17. ^ “関テレ・山本アナ(3)かつら、放送中ズレた! 勇気ある告白を日本中が絶賛(3/4ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2012年4月30日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120430/wlf12043017010015-n3.htm 2012年9月21日閲覧。 
  18. ^ 1998年1月発売の週刊『アサヒ芸能徳間書店より。副題は「関西テレビの看板アナはかつらだった」
  19. ^ 『トリビアの泉 〜へぇの本〜 第II巻』 p73-p74、講談社2003年、ISBN 4-06-352703-4
  20. ^ a b “関テレ・山本アナ(3)かつら、放送中ズレた! 勇気ある告白を日本中が絶賛(2/4ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2012年4月30日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120430/wlf12043017010015-n2.htm 2012年9月21日閲覧。 
  21. ^ 関テレ・山本浩之アナがフリー転身 報知スポーツ 2013年2月20日11:24配信 配信日に閲覧
  22. ^ 「天皇陛下会見:小沢幹事長発言、さらに波紋」 毎日jp 2009年12月15日 [リンク切れ]
  23. ^ 実父の不幸のため、急きょ休みを取った最後に決めるのは誰か - ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ
  24. ^ “フリーアナ転向ヤマヒロ、退職金とたかじん援助の“中身””. msn産経ニュースwest (産経新聞). (2013年6月6日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130606/wlf13060615430019-n2.htm 2013年9月15日閲覧。 
  25. ^ 独立総合研究所 インディペンデント・クラブ 第1期(2011年7月~2012年6月)活動報告
  26. ^ ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ 2011年9月21日「日々の点描(2)」
  27. ^ 「春一番2014」出演者発表
  28. ^ a b YTV・森アナ&元関テレ・山本アナ、漫才に挑戦(『スポーツ報知2014年2月26日付記事)
  29. ^ シアターセブン「三代澤康司 × 山本浩之 × 森たけしLIVE『二ヶ月贈(おく)れの卒業式』」
  30. ^ 「ぴっかりメガネ」の「ぴっかり」「メガネ」とは、山本・森のトレードマークに由来する。
  31. ^ 山本浩之アナ、ゴールデンで輝く!ハゲハゲビーム復活あるで(『サンケイスポーツ2014年3月18日付記事)メッセンジャー黒田とは、KTV制作の番組において、黒田の不祥事による『ナンボDEなんぼ』の終了(2010年1月)以来4年3ヶ月振りにレギュラーで共演。東野とは、『2時ワクッ!』月曜日の終了(2005年12月)以来9年3ヶ月振りの共演になる。
  32. ^ アンカーマンとして出演)

外部リンク

[ 山本浩之 ]の改訂履歴 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/07/07 12:57)

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