日本工学院専門学校

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日本工学院専門学校
日本工学院専門学校蒲田キャンパス
英称 Nippon Engineering College (NEEC)
学校種別 私立
設置者 学校法人片柳学園
設置年月日 1976年
本部所在地 144-8655
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キャンパス 蒲田(東京都大田区)
学科 クリエイターズカレッジ
ミュージックカレッジ
ITカレッジ
テクノロジーカレッジ
医療カレッジ
デザインカレッジ
ウェブサイト http://www.neec.ac.jp
Portal.svg Portal:教育
Project.svg プロジェクト:学校/専修学校テンプレート
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日本工学院専門学校(にほんこうがくいんせんもんがっこう)は、日本私立専修学校。英語表記NEEC(Nippon Engineering College)

目次

概観

専門学校全体

日本工学院専門学校は、放送・芸術・芸能・工学・医療を包括する総合専門学校である。

理念

最先端の学習環境提供と、広く社会に貢献する豊かな人材育成。

教育および研究

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学風および特色

日本工学院専門学校には同法人に東京工科大学があり、大学との連携を生かした教育研究を可能にしている。同専門学校学生と同大学学生との学園祭共催など、教職員並びに学生間での幅広い交流を可能にしている点が特色の一つである。また、東京工科大学への編入制度などの独自の入学制度が用意されている。

沿革

略歴

日本工学院専門学校の起源は、1947年片柳鴻により設立された創美学園まで遡る。

創美学園は、1947年5月に東京都大田区女塚3丁目(現在の西蒲田5丁目)に開校した。当初は絵画科と洋裁科からのスタートであったが、時代に合わせ教育研究分野を広げていった。 1953年に日本で初めてのテレビ本放送が始まると、テレビ技術教育の分野へ力を入れていった。

カラーテレビ時代が到来した1964年には、東京オリンピック実況中継NHK技術職員として学生が活躍した。

1976年7月に日本工学院専門学校が専修学校制度に基づいて開校した。後に日本工学院北海道専門学校日本工学院八王子専門学校を開校し、研究教育における版図を広げていった。

1985年には、国際科学技術博覧会つくば万博)にレーザーディスプレイシステムを研究成果として出展した。万博でただ一つのレーザーディスプレイということもあり、マスコミで大きく取り上げられた。同年4月には、本学園の創始者である片柳鴻理事長藍綬褒章が授与された。

1986年には東京工科大学を開校し、東京工科大学や姉妹校と連携することにより教育研究分野での特殊性を獲得している。

近年では、マサチューセッツ工科大学南カルフォルニア大学等々の大学機関等との関係を深め教育研究開発を積極的に行っている。

なお、名前が似ていることから同市内にある工学院大学としばしば間違えられることがあるが、本学とは無関係である。

年表

基礎データ

所在地

  • 蒲田キャンパス(東京都大田区西蒲田)

象徴

スクールカラー

日本工学院専門学校のスクールカラーは、赤色である。

シンボルマーク

校歌・応援歌

教育および研究

カレッジ

クリエイターズカレッジ

ミュージックカレッジ

ITカレッジ

テクノロジーカレッジ

医療カレッジ

デザインカレッジ

学生生活

年間行事

  • 4月
入学式・オリエンテーション・学内合同企業説明会
  • 5月
体育祭
  • 7月・8月
前期試験・夏季休講
  • 9月
前期試験
  • 10月
秋季休講・合同企業説明会
  • 11月
かまた祭(文化祭)
  • 12月
冬季休講・キャリアガイダンス
  • 1月
冬季休講・就職模擬試験・後期試験
  • 2月
スキー教室・後期試験
  • 3月
冬季休講・卒業式

専門学校関係者と組織

専門学校関係者組織

同窓会

専門学校関係者一覧

その他の関係者

施設

キャンパス

大田区西蒲田 工学院通り商店街

蒲田キャンパス

日本工学院専門学校蒲田キャンパスは蒲田駅至近で、商業施設、飲食店等が充実している。また蒲田キャンパス前の道路は、「工学院通り」「工学院通り商店会」と命名されている。

社会との関わり

  • 年間に送り出す卒業生の数が日本一である[要出典]
  • 1980年代、蒲田校舎内にある3号館ホールでは、テレビ神奈川で放送の、音楽ライブ番組「ファイティング80's」が収録され(日本工学院専門学校が番組スポンサーにもなっていた)、テレビ制作室では、番組制作にも携わっていた。「テレビ制作室」では、テレビ神奈川での放送番組などでのビデオ編集等にも携わっており、他にも、テレビ朝日の「タモリ倶楽部」では番組初期の制作に携わっていた。
  • 校舎は国家試験会場にも利用されている。
  • 2004年8月より横浜F・マリノスのパートナーシップスポンサーとなっており、スポーツカレッジのサッカー部は3チームあり、そのトップチーム(Aチーム)は関東社会人2部に在籍しており、「日本工学院F・マリノス」を名乗る。監督は、過去に全日本少年サッカー大会にて、横浜F・マリノスプライマリー新子安を史上初の3連覇に導いた「名将・川合学監督」。Bチームは「日本工学院FC」、Cチームは「日本工学院SC」と呼ばれ、神奈川県社会人2部&3部リーグに在籍している。
  • 2005年1月より9月まではニッポン放送知ってる?24時。』の月曜プログラム・サポーターとなっていた。

関連学校

関連項目

外部リンク



[ 日本工学院専門学校 ]の改訂履歴 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/07/15 17:37)

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