山口組

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山口組
Yamabishi.svg
“山菱”
組織の概要
設立年: 1915年
設立場所: 兵庫県神戸市兵庫区西出町
設立者: 山口春吉
本部: 〒657-0067
兵庫県神戸市灘区篠原本町4-3-1[1]
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首領: 司忍[1]
活動期間: 1915年 - 現在
活動範囲: 1都1道2府41県[1]
構成員数: 約27,700人(2012年末時点)
*構成員 約13,100人
*準構成員 約14,600人[1]
友好組織: 稲川会松葉会双愛会共政会会津小鉄会住吉会住吉一家など
敵対組織: 工藤会道仁会沖縄旭琉会東組住吉会幸平一家

山口組(やまぐちぐみ[2])は、兵庫県神戸市に本部を置く暴力団で、日本最大規模の指定暴力団。 その構成員数は2012年の時点で約13,100人、準構成員数は約14,600人の合計約27,700人であり、その人数は全暴力団構成員・準構成員数約63,200人のうちの43.8%を占めている[1]

組員は同年の時点で1名の組長親分)、7名の舎弟(弟分)、79名の若中(子分)から成る計87人。組長を除き、これら86名の舎弟と若中は直参(直系組長)と呼ばれ、それぞれが数十人から数千人の構成員を抱える組織の首領となっている。

“山口”の二文字を菱形の意匠とした“山菱”(やまびし[3])と呼ばれる代紋を用い、広島県沖縄県を除く45の都道府県に系列組織を置いている。

目次

来歴

黎明

日露戦争従軍を終えた山口春吉は折から急激な発展を見せていた神戸港に新天地を求め、海運業の労務者となってのち大嶋組に下属。その大嶋組を率いた大嶋秀吉の主従関係を上位に辿ればやがては九州筑豊吉田磯吉に行き着いた。[4]1930年頃の神戸港

山口春吉沖仲仕を集めて神戸市内を本拠に結成[5]。のちに“神戸ヤクザの頂点”と言われるに至る大嶋秀吉率いた大嶋組の傘下にあっての結成で、およそ50名の労務者を抱える『山口組』として発足、事務所兵庫区の西出町内に置いた[4]1915年(大正4年)のことであった[5]

しばらくは大嶋組の傘下にあって活動したものの、いつしかその勢力は本家の大嶋組を凌ぐものとなり、1925年における山口登の二代目襲名を経て、神戸中央卸売市場の開設に伴う利権を巡り大嶋組と対立。死者を伴う激しい抗争の末に同卸売市場の運搬作業の独占権を得るに至り、1932年をもって大嶋組から独立した[4]

三代目:急成長

1942年における山口登の死後しばらくは跡目が決することなく組長不在の状態にあったものの、1946年に田岡一雄を首領に据えた三代目体制が発足[4]。この田岡率いる三代目体制下にあって、昭和30年代〔1955〜1964〕から昭和40年代〔1965〜1974〕にかけて全国各地へ進出、対立抗争を繰り返しながら急速に勢力を拡大していった[5]

田岡襲名時の山口組の総勢はわずか33人に過ぎないものであった。それが1965年までに、傘下424団体、総勢9450名を数える巨大組織に発展。その間に当事者となった対立抗争は日本の各地を舞台としたもので、小松島抗争明友会抗争、鳥取抗争、博多事件広島代理戦争松山抗争などが主要なそれであった[4]

警察当局によるいわゆる『第一次頂上作戦』のさなかで直系組長らの脱退と直系組織の解散が相次ぐに至り、一時期弱体化するも、勢力の回復を経て、田岡の死去の前年にあたる1980年までに、2府33県に559団体、1万1800人余の総勢を擁する組織に成長。そうした三代目体制期を築いた田岡は山口組の中興の祖として記憶されるに至った[4]

四代目から21世紀へ

1984年における竹中正久の襲名によって四代目体制が発足するも、これを不服とした離反勢力を相手とする大規模な抗争(→山一抗争に突入[5]。その過程で抗争相手の一和会により暗殺された竹中に代わって、抗争が終結するに至った平成元年〔1988〜1989〕、傘下山健組を率いた渡辺芳則を首領に据える五代目体制が発足[4]

五代目体制期の1995年に阪神淡路大震災が発生すると、地元紙記者をして“半端なものではなかった”と言わしめた、渡辺自身の陣頭指揮による組織ぐるみの救援活動を展開。1997年になると五代目体制開始以来の非常事態と言われた宅見若頭射殺事件が発生。この事件は以後の組織に混迷をもたらす未解決の懸案となった[4]

2004年に山下組組員警官誤射殺事件について共同不法行為責任があるとして損害賠償金の支払いを命じる判決最高裁で確定した渡辺は長期休養に入るとともに組織運営の全権を執行部へと委譲した。2005年7月に渡辺は引退を表明。予期なき突然の引退であった。ここに16年間の長きにわたった五代目体制が終焉。そして若頭の役にあった司忍の新たな襲名をもって、同年のうちに六代目体制が発足し現在に至っている[4]

綱領と組指針

田岡三代目時代に制定された5条からなる「綱領」が、定例会など行事の際には唱和される。

一、内を固むるに和親合一を最も尊ぶ。
一、外は接するに愛念を持し、信義を重んず。
一、長幼の序を弁え礼に依って終始す。
一、世に処するに己の節を守り譏を招かず。
一、先人の経験を聞き人格の向上をはかる。

加えて年度ごとに定められる「組指針」がある。

六代目体制発足以降「警察官と接触しない」、「警察機関に人、物を出さない」、「警察官を組事務所に入れさせない」の三点を定め警察との距離を置いている。「山口組を含めて、六代目の体制になってからは警察に速やかに入り、調べてもらいなさいという姿勢をとっている。昔はどったんばったんやったりして殴られたりもしたが」[6] と記者の質問に答えており、警察との関わりに変化が見られる。いわゆる不良外国人との付き合いや、違法薬物の取り扱いなども公式に禁止している。[要出典]

歴代組長

歴代若頭

山口組における『若頭』は、『組長』に次ぐナンバー2の役職にあたる。

二代目時代

三代目時代

三代目代行時代

四代目時代

四代目代行時代

五代目時代

六代目時代

六代目山口組

最高幹部

役職 氏名 二次団体 本部
組長 司忍(本名: 篠田建市)
若頭(執行部) 髙山清司 三代目弘田 愛知県名古屋市中村区
舎弟頭(執行部) 入江禎 二代目宅見組 大阪府大阪市中央区
顧問(舎弟) 石田章六(本名:朴泰俊、PAK, Tae-Chun[8] 章友会 大阪府大阪市北区
統括委員長(執行部) 橋本弘文(本名:姜弘文、KANG, Hong-Mun[8] 極心連合会 大阪府東大阪市
本部長・大阪南ブロック(執行部) 大原宏延(本名:大原広司) 大原組 大阪府大阪市生野区
若頭補佐・九州ブロック(執行部) 青山千尋 二代目伊豆組 福岡県福岡市中央区
若頭補佐・阪神ブロック(執行部) 井上邦雄(本名:桑田邦雄) 四代目山健組 兵庫県神戸市中央区
若頭補佐・関東ブロック(執行部) 藤井英治 五代目國粹会 東京都台東区
若頭補佐・大阪北ブロック(執行部) 江口健治 二代目健心会 大阪府大阪市浪速区
若頭補佐・中国・四国ブロック(執行部) 森尾卯太男 大同会 鳥取県米子市
若頭補佐・中部ブロック長代理(執行部) 光安克明(本名:伊豆克明) 光生会 福岡県福岡市博多区

舎弟

役職 氏名 二次団体 本部
舎弟 川合康允 川合組 岐阜県大垣市
舎弟 鈴木一彦 旭導会 北海道旭川市
舎弟 青野哲也 七代目一力一家 静岡県浜松市南区
舎弟 寺岡修 俠友会 兵庫県淡路市
舎弟 正木年男(本名: PARK Nyon-Nam[8] 正木組 福井県敦賀市
舎弟 池田孝志 池田組 岡山県岡山市北区

幹部

役職 氏名 二次団体 本部
幹部・総本部事務局長 毛利善長(本名:毛利時比呂) 毛利組 大阪府吹田市 
幹部 岡本久男 二代目松下組 兵庫県神戸市中央区
幹部・総本部事務局次長 剣柾和(本名:剣政和) 二代目黒誠会 大阪府大阪市北区
幹部・組織委員長 髙野永次(本名:高次竜) 三代目織田組 大阪府大阪市中央区
幹部・組織委員長代理 高木康男(本名:陣内唯孝) 六代目清水一家 静岡県静岡市清水区
幹部・慶弔委員長 野村孝 三代目一会 大阪府大阪市北区
幹部・組織委員 藤原健治 三代目熊本組 岡山県玉野市
幹部 根本辰男 二代目川内組 福井県あわら市
幹部 茶谷政雄(本名:茶谷正夫) 茶谷政一家 北海道札幌市白石区
幹部 富田丈夫 國領屋一家 静岡県浜松市中区
幹部・組長付 清田健二 十代目瀬戸一家 愛知県瀬戸市

兵庫若中

役職 氏名 二次団体 本部
若中 中村天地朗(本名:中村豊彦) 二代目大平組 兵庫県尼崎市
若中 細川幹雄 細川組 兵庫県尼崎市
若中 柴田健吾 柴田会 兵庫県加古川市
若中・組織委員 古川恵一 二代目古川組 兵庫県尼崎市
若中・総本部当番責任者 清水武 二代目岸本組 兵庫県神戸市中央区
若中・組織委員 宮下和美 二代目西脇組 兵庫県神戸市西区
若中 池田幸治 四代目真鍋組 兵庫県尼崎市

大阪若中

役職 氏名 二次団体 本部
若中 奥浦清司 奥浦組 大阪府東大阪市
若中 髙木廣美 五代目早野会 大阪府大阪市浪速区
若中・組織委員 布川皓二 二代目中西組 大阪府大阪市中央区
若中・総本部当番責任者 里照仁 二代目中島組 大阪府大阪市淀川区
若中・総本部当番責任者 須ノ内祥吾 二代目東生会 大阪府大阪市淀川区
若中 能塚恵 三代目一心会 大阪府大阪市中央区
若中・組織委員 秋良東力(本名:金東力) 秋良連合会 大阪府大阪市浪速区
若中 飯田倫功(本名:飯田勝義) 倭和会 大阪府大阪市中央区
若中 南匡樹 三代目吉川組 大阪府大阪市淀川区
若中 山下昇(本名:森尾昇) 極粋会 大阪府東大阪市
若中 藤田恭道 二代目英組 大阪府大阪市西淀川区

他都道府県若中

役職 氏名 二次団体 本部
若中 木村阪喜 木村會 愛媛県松山市
若中 良知政志 良知組 静岡県吉田町
若中 尾崎勝彦 二代目心腹会 徳島県徳島市
若中 北島虎 二代目杉組 愛知県名古屋市中村区
若中・総本部当番責任者 貝本健 貝本会 愛知県名古屋市中村区
若中・慶弔委員 篠原重則 二代目若林組 香川県高松市
若中・組織委員 菱田達之 二代目愛桜会 三重県四日市市
若中 山本克博 五代目豪友会 高知県高知市
若中・慶弔副委員長 田保伸一 二代目昭成会 石川県金沢市
若中 掛野一彦 二代目近藤組 岐阜県岐阜市
若中 落合勇治(本名:落合益幸) 二代目小西一家 静岡県静岡市葵区
若中・組織委員 髙橋久雄 雄成会 京都府京都市南区
若中・慶弔委員 田中三次 三代目稲葉一家 熊本県熊本市
若中・総本部当番責任者 田堀寛 二代目名神会 愛知県名古屋市中区
若中・若頭付 津田力(本名:津田智加良) 二代目倉心会 和歌山県和歌山市
若中 塚本修正 藤友会 静岡県富士市
若中・総本部当番責任者 一ノ宮敏彰 一道会 福岡県福岡市中央区
若中 髙山誠賢(本名:高山義友希) 淡海一家 滋賀県大津市
若中 山嵜昌之 三代目益田組 神奈川県横浜市
若中・若頭付 生野靖道(本名:生野靖一) 四代目石井一家 大分県別府市
若中・慶弔委員 浜田重正 二代目浜尾組 神奈川県横浜市中区
若中・組長付 薄葉政嘉(本名:薄葉暢洋) 十一代目平井一家 愛知県豊橋市
若中・組織委員 河内敏之(本名:河内敏郎) 三代目倉本組 奈良県奈良市
若中 波入信一 七代目奥州会津角定一家 福島県会津若松市
若中 清崎達也 大志会 熊本県八代市
若中 中山和廣 三代目矢嶋組 愛媛県今治市
若中 佐藤光男 落合金町連合 東京都渋谷区
若中・組織委員 井上茂樹 二代目大石組 岡山県岡山市北区
若中 渡部隆 四代目誠友会 北海道札幌市中央区
若中 竹内照明 三代目弘道会 愛知県名古屋市中村区
若中 平松大睦 二代目源清田会 新潟県新潟市

他団体関係

友好団体

司忍率いる六代目体制に入って以降の山口組は、『盃外交』と呼ばれる活発な他団体交流を展開し、かつての反目組織をすら含む日本各地の暴力団組織と友好関係を築いてきた[9]

非友好団体

関東地方を本拠地とする住吉会は六代目山口組と数多の抗争事件を引き起こしてきたものの、組長の司忍が出所した2011年をもって正式な組織間交際関係を樹立[10]。山口組関係者の言によれば、六代目山口組が組織ぐるみの縁を持たないのは、工藤会道仁会のみである[11]。山口組は2006年の7月―IDカードを用いたセキュリティ認証機構を総本部に導入。前代未聞の事態であるとして注目を集めたが、これは総本部への道仁会による攻撃を警戒してのものであったのだという〔同時期に道仁会との激しい抗争に突入した新勢力(→九州誠道会)が山口組と親交を有していた。〕[12]

出典

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  1. ^ a b c d e 『平成2 4 年の暴力団情勢』 平成25年3月 警察庁
  2. ^ 『Police of Japan 2011, Criminal Investigation : 2. Fight Against Organized Crime』 2009年 警察庁 (英語) ― p.21 『ヤマグチグミ(Yamaguchi-gumi)[リンク切れ]
  3. ^ 『Joint work : The sixth generation Yamaguchigumi』 2008年2月6日 溝口敦 (英語) ― “Then Yamabishi(ヤマビシ) moved〔その時、山菱は動いた〕
  4. ^ a b c d e f g h i 『六代目山口組完全データBOOK』 : 『山口組に君臨した歴代組長の肖像』 (p.219-235) 2008年1月1日 ISBN 978-4-86201-328-6 メディアックス
  5. ^ a b c d 『平成5年度警察白書 第1節 暴力団の実態』 1993年 警察庁
  6. ^ 産経新聞. (上)全国で暴排条例施行「異様な時代が来た」. http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111001/crm11100112010000-n5.htm. [リンク切れ]
  7. ^ 出典は、飯干晃一『山口組三代目 1野望篇』徳間書店<徳間文庫>、1982年、ISBN 4-19-597344-9のP.43
  8. ^ a b c Treasury Sanctions Members of Japanese Criminal Organization 12/19/2013 アメリカ合衆国財務省
  9. ^ 『山口組幕府論:盃外交の意味』 2007年12月17日 猪野健治
  10. ^ 『山口組、住吉会が対立解消で末端組員が落ちて行く』 2011年5月23日 溝口敦
  11. ^ かつては住吉会も含まれていた―『山口組幕府論:盃外交の意味』 2007年12月17日 猪野健治
  12. ^ 『山口組幹部に組員証』 2006年7月23日 スポーツ報知 および 『山口組が幹部に「組員証」 九州の抗争を警戒?』 2006年7月22日 47NEWS共同通信

関連項目

外部リンク

[ 山口組 ]の改訂履歴 出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/06/29 12:10)

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