ナゴヤドーム

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ナゴヤドーム
Nagoya Dome
ナゴヤドーム
施設データ
所在地 愛知県名古屋市東区大幸南一丁目1番1号
開場 1997年3月15日
所有者 株式会社ナゴヤドーム
グラウンド 人工芝
ダグアウト ホーム - 一塁側
ビジター - 三塁側
照明 照明灯 - 1178灯
照度 - バッテリー間:2500ルクス
     内野:2000ルクス
     外野:1650ルクス
建設費 約405億円
設計者 監修:三菱地所
設計、管理:竹中工務店
建設者 竹中工務店、三菱重工業共同企業体
使用チーム • 開催試合
中日ドラゴンズ(開場 - 現在)
収容能力
40,500人(野球開催時は38,414人) (内野:-席、外野:-席)
グラウンドデータ
球場規模 両翼 - 100 m (約328.1 ft)
中堅 - 122 m (約400.3 ft)
左右中間 - 116 m (約380.1 ft)
グラウンド面積 - 13,400m2
フェンス 4.8 m (約15.7 ft)
 Template‐ノート:野球場情報ボックス 

ナゴヤドームは、日本愛知県名古屋市にあるドーム型野球場三菱重工業名古屋工場の跡地に建てられ、1997年に開場。それまでのナゴヤ球場に代わる中日ドラゴンズの本拠地(専用球場)となった。

所在地は、愛知県名古屋市東区大幸南一丁目1番1号。運営会社のナゴヤドームは中日ドラゴンズ共々中日新聞社の関連企業である。

しばしば「名古屋ドーム」と誤表記されるが、本来は「ナゴヤドーム」とカタカナ表記である。

目次

施設概要

座席

基本的に内野は折りたたみ式、外野は固定式である。21通路エリア付近では、内野Bやドラゴンズ外野応援などが混在して販売されるので、ごく一部でドラゴンズ外野応援で折りたたみ式の座席に座ることが可能。内野2階席の下段が色、2階中段が水色、2階上段・プライムツイン外野が薄い色、5階はすべてクリーム色の座席となっており、座席の色がほぼ一色である他球場とは対照的である。ナゴヤドームのパンフレットによれば深海(2階下段)に太陽の光(5階席)が差しているのを座席色のグラデーションで再現したとのこと。

スタンドの形状は多目的球場としては一般的な円形となっている。ただし可動席のシステムは独特のものとなっている。通常、可動席のフェンスは直線となるが、ここでは最前列の座席が増えるように弧を描いており、同じグラウンド規模の福岡ドーム(現・福岡Yahoo!JAPANドーム)よりも座席や外野フェンスの高さを抑えることに成功している。このためファールグラウンドはわずかだが弓形の出っ張りがある、独特の形状となっている。

開場当初、中日主催試合では内野2階席の全てと外野2階席の多くがシーズンシート(年間予約席)となっていた。特に人気の高いライト側外野2階席は、数少ない自由席に中日ドラゴンズ私設応援団が開門と同時にカードを置くなどして陣取っていたため不満の声が相次いでおり、「ライト外野側応援席は300席しか売られていない」とも言われた。さらに、順番待ち段ボール貼り(通称:段貼り)の場合でも、7ゲート付近の先頭組から始まって、6ゲート直前での折り返し位置までが2・3階席に座れるギリギリだといった話も流れていた。7ゲートの真横エリアは柵で囲うなどしていた部分が私設応援団専用の入場待ち優遇となっていたので、ここには一般ファンは立ち入りが禁止されていた。一般ファンの先頭組はこのエリアの後ろから並ぶことになる。

段ボール貼りは3連戦の2戦目と3戦目は前日の試合の7回終了と共に始まる。ただ、既に3回及び4回の時点で一旦準備の為にドーム外に出るファンもいたので、1つでも若い番号を取ろうと必死になる。尚、段ボール貼りの開始は、警備員の合図で可能となっていた。警備員の掛け声と同時に貼ると、必ず先頭組を1番として段ボールに番号を記入しなければならなかった。尚、初戦の場合は、前日以降という決まりはあったものの、詳細なルールは存在していなかった。開幕戦となると、1週間以上前からグループ内で交代しながら徹夜で並ぶファンも多く、当日の午前中の段階で300組以上が並ぶ事態に。全席指定になった2005年以降は、こういった行為は一切禁止である。

これを受けてか2003年以降は一般販売への開放が三塁側、次いで2005年以降は一塁側を中心に増えている。また、並行して5階席を中心に値下げが行われた。ただ、やはり人気のためか依然ライト側外野席の競争率は高い。一般席のライト側2階席を手に入れる場合、販売店の店頭なら前売り初日の開店前に並ぶ、コンビニの場合は販売開始の時報と共に端末にアクセスして購入する方法があるが、コンビニは全国のファンが殺到することがある為、時報と同時アクセスでも混雑表示が目立つ。この場合でも混雑表示が5分続けば完売と考えるのが賢い。尚、午前10時販売はローソンのみ。ファミリーマートとサークルKサンクスなどは11時開始なので、事実上ローソンでしか購入が出来ない。GWやお盆休みの試合、週末の巨人・阪神戦や首位攻防戦などの場合は販売開始5分かからずに完売となる場合がほとんど。大手委託業者が先行抽選で既に全体の1~2割ほどを販売していることもあるので、場合によっては1分ほどで完売することも。公式戦ではライト側外野応援の当日券が出回ることはまずない。2005年以降、右中間の最前列2ブロック・上段の3ブロック及び左中間の最前列2ブロックが削られ、私設応援団が応援機材を置いたり、横断幕を掲げるなどしている。逆のレフト側もビジターチームの応援団が応援機材を置くことが多く、2007年度からはビジター外野応援席が2階席の4ブロック分のみになり、競争倍率は上がっている(レフト側は基本的にビジターチームファン用の席であるが巨人戦と阪神戦以外はほとんどが中日ファンで埋まる。2006年までは、2階席に5ブロック分設置されていた。44・45番通路がメイン。

内野のシーズンシートにはバックネット裏から順にスーパーダイヤモンド、ダイヤモンドルビーサファイアエメラルドオパールといったように宝石名が冠されている。2001年までは5階席にも同様の愛称がつけられていた。

4階内野には「プライム1」というバルコニーつき室内席、4階内野から外野にかけて「プライム・ツイン」という2人席、センター後方に「プライム・ボックス」と呼ばれる4人席、3階のセンター後方には「レストランシート」(前列カウンター席は2人、後列テーブル席は4人)という特別席が設定されている。このうち「プライム1」は個人相手に販売をしていない。

外野(特にライト側)のシーズンシートの多さや三河地方からのアクセス問題、構造的な死角が多いなどの不満は中日スポーツの投稿欄でもよく話題に上る。特にかつての本拠地ナゴヤ球場を好むファンや立って応援したいファンに不満を持たれることは多い。全席指定化された2005年以降のライト外野席では、座って応援する客と立って応援する客でのトラブルも多く、ドーム側も対処し切れていないのが現状である。構造的な問題としては、多目的球場であるためにスタンドが非常に高く危険であることが挙げられる。全般的にフェンスが高いため、自分の席に近い塀際が見えず、バックネットに近い内野席ではホームベースが、一塁(三塁)側内野席の一部では一塁(三塁)が見えにくいという欠陥が指摘されている。なおこういった欠陥は他の円形多目的球場でも指摘されている。

その一方、オープンな雰囲気であり、ナゴヤ球場時代のような私設応援団による応援強制行為が見られなくなった、深い青のフェンスや座席のコントラストが目に優しい、球場が広くて落合博満監督が掲げる「投手を中心とした守りの野球」に適している(実際のところナゴヤドームが好きという投手はかなり多い)、気候的にの多い日本ではドーム球場が便利である(スライド登板が減って調整のしやすさにもつながる)などの肯定的評価も見られ、各ドーム球場の中では評判は悪くない。

現在は3階内野のコンコースにしかパイプが存在していないが、2005年以前には外野にパイプを渡してある場所があった。ここは正式な席ではないが「パイプ席」と呼ばれ、当時は外野2階席の大半がシーズンシートであったこともあり、代替席として人気だった。しかし2005年からは全席指定化により希望の席が手に入りやすくなったため衰退し、応援時にメガホンで叩かれていた箇所の損傷もあったためか2006年に撤去され完全に消滅した。

多目的球場のため、バックスクリーン部分にも座席は設置されている。野球の開催時には空席となっているが、その他のイベント時には使われることがある。

フィールド

ナゴヤドーム内部
ナゴヤドーム内部

近年に建設されている球場としては一般的な大きさである。設計時にサッカーの公式戦開催を視野にいれており、真円のグラウンド内に三日月形をした客席(3,340席×2)とバックネット裏客席(850席)を設け、この部分を最大120度まで回転させ、野球型(扇形)からサッカー・アメフト型(縦型長方形)や展示会型(横型長方形)の3つのスタイルに変えることができる。真円のグラウンド面には3本のレールが同心円状に配置され、この上を鋼製車輪を持つ可動客席が動いて所定の位置でロックされる。サッカーやアメフトで使用する場合でも、貴賓席や報道席(バックネット裏)が会場の正面(メインスタンド)になるよう移動する。この構造は札幌ドームと同じ形式である。

しかし現在ではプロサッカーの会場として使われる見込みはない。設計の頃には東京ドームで巻き取り式の台座に植えた天然芝(ビッグエッグターフ)を使用して開催した他、1994年ワールドカップでも人工芝の上に天然芝のシートを敷き詰めた例があったが、こうした仮設のピッチは選手には不評で近年では開催されることはなくなっている。また日本サッカー協会では人工芝での公式戦開催を原則認めておらず(地域規模の大会のレベルでは使用可能。)、今後においても同県豊田市にほぼ同等の収容人数を持つ豊田スタジアムが完成したこともありサッカーの試合が開催される可能性は低いと見られる。2002 FIFAワールドカップの名古屋市の会場選考が難航した時に、候補としてあげられた事もあったが組織委員会から却下されている。後に名古屋市は会場が用意できなかったために撤退し、代わりに愛知県が豊田スタジアムを会場にして立候補したが開催地選考で落選している。ただ、名古屋市中心部に近いため名古屋グランパスエイトのファン感謝祭に使用されたことはある。

アメフトは可動席を動かさなくても使用できるが、現在は東海地区でのアメフト熱は高いとは言えず[1]、キャパシティや使用料の面からアメフトでの使用の見込みも少ない。

外野フェンス

フェンス際での観客によるトラブルを避けるため、フェンス最上部のやや奥に手すりがあり、プレイ域内に観客が手を出せないようになっている。また手すり付近およびフェンスと客席の間の隙間は、フェンスを越えた打球が跳ね返らないようにするほか、客が落ちた際の安全性を確保するためにラバーで保護されている。この部分に当たった打球はフィールドに戻ってきたとしても本塁打になると定められている(グラウンドルール)。2005年5月14日中日ソフトバンク戦では、7回裏に福留孝介の打球がフェンス上部に直撃、当初誤って三塁打と判定されたが、訂正され本塁打になるという一件があった(試合は中日がこのホームランで1点差とした後、8回裏に同点とし、9回は井端弘和サヨナラヒットで勝っている)。そのため当初水色だったラバーの色も、2006年の修繕時には白球に紛れにくい紺色に変更された。

屋根

ドーム屋根中央部はガラス張りで、自然光を取り入れられる構造となっている。タチカワブラインド工業のロール式の遮光幕(スカイロール)も設置されているため、必要に応じて開閉が可能である。高さは最高部で60m強であり、他のドームと同じ位であるが、傾斜が緩やかなために、打球を天井に当てた打者は3人ほどしかいない。

ドームツアー

ドーム内施設を見学できる「ドームツアー」は開場からしばらくの間は実施されていたが、現在は開催されていない。この為、ドーム内に見る為には、何らかのイベントで入場しか方法がない。現状、5大ドーム中、唯一ドームツアーが開催されていない。

ポール

レフト側およびライト側のポールは開場時は高さ13.2m(グラウンドレベルからの高さは18m)であったが、本塁打かどうかを識別しやすいように2009年8月14日から高さを36.2m(グラウンドレベルからの高さは41m)とした。屋根からワイヤーでポール最上部を固定している。

これは中日の落合監督の発案で、セントラル・リーグが2009年8月より試験的にホームランの判定材料にビデオ記録を導入したことに異論を唱えた落合が、「ビデオって簡単に言うが、野球はアメフットと違いプレーを止めるスポーツではない。それより審判が見やすいように改善するのが先決」として、ポールを高くしたという。[2]解説者の中日OB木俣達彦は「ブランコポール」と名付けている。

ドラゴンズミュージアム

ドラゴンズ試合開催日の開場から7回裏終了までオープンしている、ドラゴンズファンのためのエンタテイメントエリア。

展示コーナーには、ドラゴンズの歴代ユニホームや過去のドラゴンズ選手が大記録を達成したときのバット・ボール・トロフィー、そして優勝ペナントなどが飾ってあり、ドラゴンズの歴史がわかる資料館としても楽しめる。

また、ドラフト指名による新入団選手の直筆プロフィールを展示。

エピソード

ナゴヤ球場に代わる野球場としては、1970年代後半にノリタケカンパニーリミテドノリタケドームの建設を計画した。名古屋市西区則武新町に日本初の本格的ドーム球場を建設する計画であったが、1980年代前半に中止となった。

1997年3月17日初のオープン戦が開催され郭源治引退試合となった。最初のプロ野球公式戦は同年4月4日に開催されて1回裏立浪和義横浜盛田幸妃から球団史上初の開幕戦初回先頭打者本塁打=同球場第一号本塁打を打った。山本昌が勝利投手、宣銅烈がセーブとなった。この年、両投手はそれぞれ最多勝セーブ王になっている。5月8日の中日対阪神戦で3塁側内野席天井から雨漏りが発生した。

1997年7月20日K-1ナゴヤドーム大会、第1回K-1 JAPAN GP開催、金平正紀協栄ジムも参戦した。

1998年5月12日のオリックス・ブルーウェーブ対千葉ロッテ・マリーンズ戦で、ロッテの攻撃中にフリオ・フランコがスイングしたバットが客席に飛び込み、顔面に直撃を受けた観客が負傷する事故が起きた。その前年には中日・アロンゾ・パウエルの折れたバットが客席に飛び込んだことがあったが、怪我人は出ていない。

1999年の日本シリーズ福岡ダイエーホークスがここで優勝を決めて王貞治監督が胴上げされた。

2000年9月12日の集中豪雨で中日対広島戦の開催が中止となった。グラウンドや選手・関係者向けの地下駐車場が冠水し岩瀬仁紀のベンツも水没した。

2004年6月8日の中日対巨人戦では試合開始直前に停電となり、照明復旧まで時間がかかるために試合開始が15分遅れた。当初、原因は名古屋市北区にある変電所への落雷とされていたが、実際は特別高圧線カラスが接触・感電したためであった。

2004年、中日がセリーグ優勝をこの球場で決めて落合博満が胴上げされた。

2005年、全国高等学校野球選手権愛知大会の準決勝・決勝戦が開催された。地方大会決勝戦(代表決定戦)がドームで開かれるのは史上初のことだった(大阪大会では、大阪ドームにて開会式と、その直後の数試合を行っている)。2006年も決勝戦が実施された。なお2007年も決勝戦を行う予定だったが、雨天中止などの影響により、7月27日(準決勝戦)・28日(決勝戦)の2日間に準々決勝戦を行ったのみとなり、準決勝・決勝は岡崎市民球場で行われた。

2005年8月16日の中日対巨人戦の8回の巨人の攻撃中に愛知県春日井市にある変電所への落雷により瞬間電圧低下で照明の50%が消えて復旧まで38分間中断した。この日地上波での中継は21時24分まで延長枠が設けられていたが定時(20時54分)で中継を終了している。

2006年9月16日、中日の山本昌が阪神戦でナゴヤドーム初のノーヒットノーランを達成した。しかし、この試合の終了後に怒った阪神ファンが、レフトスタンド付近の防煙垂壁を破壊した。

2006年10月15日、プロ野球生活24年目の川相昌弘引退試合となったが自身の持つ世界記録を更新する通算533個目の犠牲バントを成功した。

1997年の開場以来、2004年の日本シリーズまで中日の先発投手に勝ち星がなかったが、2006年10月21日の日本シリーズ第1戦で川上憲伸が先発勝利を果たした。

この球場での中日の日本シリーズ通算成績は2006年までは2勝7敗と悪く、プロ野球球団が本拠地とするドーム球場の中で大阪ドームと並んで、日本シリーズの優勝ペナントが飾られたことがない球場であったが、2007年の日本シリーズでナゴヤドームで3勝0敗とし優勝したことによって初めて飾られることになった(屋外球場では楽天の本拠地・クリネックススタジアム宮城のみ)。

2007年10月30日の日本シリーズ第3戦、1回裏の中日の攻撃中、後述する「ライブビジョン」に不具合が発生し、一時ビジョンそのものを消灯して試合を続行した(なお、ネット裏のサブボードは正常に作動)。その後簡易表示化するなど復旧に努めた結果、5回ごろにはビジョンの機能全ての復旧が完了した。原因はビジョンを操作するAV調整室からのデジタル信号が何らかの理由で受信側(ビジョンの制御装置)で受信できなかったことによるものと発表された。


ナゴヤドームのイメージソング「Here for you」を、ZIP-FMなどで活躍するDJジェイムス・ヘイブンスが歌っていた。

球場のキャラクター、ドムラ(ゴリラをイメージしたキャラクター)が球団マスコットとは別に存在し、練習中のライブビジョンに告知用VTRで登場することがある。以前は外野席看板の2番目と3番目の間にドムラのイラストを設置していたが、2008年にドアラ(レフト側)、シャオロン(ライト側)に変更された。

球場名「ナゴヤドーム」がカタカナであるのは、前本拠地「ナゴヤ球場」の表記を引き継いだため。なお「ナゴヤ球場」がカタカナ表記だったのは「『ナゴヤ』の画数が(末広がりの)八画であり、名古屋の市章にちなんだ」ことと、「子供たちでも理解できるように」としたことが理由である。

新聞で表記される場合、「ナゴド」と略されることが多い(「ナゴヤ球場」は「ナゴヤ」と表記されていたため)。またベースボール・マガジン社から刊行される雑誌では、「ナゴヤド」「ナゴヤD」「ナ・ド」の表記も見られる。

当初最寄駅の名前は「ナゴヤドーム矢田駅」の予定であったが「ナゴヤドームヤダ(嫌だ)」の響きが好ましくないので「ナゴヤドーム前矢田駅」になったといわれている。

2004年度より、中京地区の読売ジャイアンツ応援団が出入り禁止になり、ジャイアンツ側はトランペット・笛・太鼓による応援ができず、有志が手拍子とメガホンのみで応援をまとめている。このためか、中日ドラゴンズ応援団が巨人戦限定で行ってきた、(かっとばせぇ!○○)の後の(読売倒せぇ~オー!)という掛け声が廃止されている。現在は東京ドームの読売ジャイアンツ主催試合のみの使用になった。

鳴り物応援は午後11時以降も行える。ジェット風船や紙テープの使用はゴミが増える事を理由に禁止されている。

1999年9月30日のセ・リーグ優勝決定の試合、2004年9月30日の神宮球場の試合(この日は敗れて優勝せず)、2006年10月10日のセ・リーグ優勝決定の試合ではビジターでの試合だったため、ナゴヤドームでパブリックビューイングが実施された。

2009年5月7日の中日対広島6回戦で、中日のトニ・ブランコが打った打球が高さ50メートルの位置にあるスピーカーに当たり、ナゴヤドーム開場以来初の認定ホームランとなった。推定飛距離160メートル。

立浪和義の功績を称え2010年1月6日球団公式ファンクラブとしての初の主催行事「立浪選手に感謝する会」、2月27日千葉ロッテマリーンズとのオープン戦が球団史上7人目の(郭以来の)引退記念試合が行われる予定である。

中日の本拠地だが、過去には大阪近鉄バファローズオリックス・ブルーウェーブ西武ライオンズも主催試合を行ったことがある。

球場データ

  • 収容人数:プロ野球開催時38,414人(通常40,500人)
    • 各種イベントにも対応できるように電光掲示板付近にも座席が設置されているが、野球の試合ではバックスクリーンの代りとして使うため使用せず、その部分だけは他の座席との区別上フェンスと同じブルーとなっている。
  • 両翼:100 m
  • 中堅:122 m
  • グラウンド面積:13,400m2
  • 外野フェンスの高さ:4.8 m
  • 内外野:人工芝(大塚ターフテック製グランドターフ)
    • 2006年から3代目となる新型ショートパイル人工芝に張り替えた。天然芝に近い感触の特殊な繊維を使った長短2種類のパイルとクッション材を採用している。2001年から2005年まで使用していた2代目(内野部に土色の着色を施した人工芝)は三重中京大学野球部に譲渡され同大学の野球場に張られた。
  • 電光掲示板(大型映像装置):2ヶ所(三菱電機製:オーロラビジョン/正式名称はライブビジョン)
    • ライブビジョンに映る映像・各種演出に関しては、制作プロダクションの東通の子会社である名古屋東通が担当している。
    • バックスクリーン側とバックネット側に対称して置かれており、バックスクリーン側は野球で使用する場合、右側に得点表示(最大9イニングまで、10回以降は一旦消去した上で1回の部分から再び掲示)、左側にプレー映像やスタンドの応援席の風景などを取り込む。また試合前や試合中のイニング間には応援メッセージが紹介されることもある。バックネット側はイニングごとの得点、打者の背番号と氏名(フルネーム)、打撃成績(打率、本塁打、打点)、投手のカウント、球速が表示される。なお、開場当初は下部に三菱電機の広告があったが一時期消滅、2007年より復活した。
    • 2008年シーズンよりビジョンがリニューアルされ、CRT表示式からLED表示式に改められハイビジョン対応になった。選手名の表示を一回り大きくし、東京ドームのように(ここのビジョンもオーロラビジョン)選手交代時に選手名が回る演出、さらに打席の選手のここまでの結果や本塁打の飛距離を表示するようになり、また試合経過時間も表示されるようになった。その他演出も加えられている。
    • バックスクリーン側ライブビジョンは、縦10.24m、 横35.84m、バックネット側ライブビジョンは、縦4.2m横15.12m
  • 照明(アリーナ照明):1178灯
    • より天然に近い色にするため高演色メタルハライドランプを使用。これは野球におけるボールの見え方を重視して設計されたものである。内訳は、フィールド照明1058灯、空間照明48灯、観客席照明24灯、停電時の補助照明48灯。プロ野球開催時には780灯点灯し、バッテリー間2500ルクス、内野2000ルクス、外野1650ルクスの明るさになる(ナゴヤドームWebサイトより)。
  • バックネットのフェンス広告:トヨタ自動車
    • 開場の1997年よりトヨタグループ(トヨタ自動車、トヨタホームなど。以前はトヨタL&Fの広告も出されていた時期があった)専用。1999年より回転式となり、複数の広告パターンが出せるようになった。この回転式広告は後付けのため、手前にせり出した形で設けられている。2002年シーズン途中から回転式広告下部中央にトヨタのロゴマークを追加。2006年シーズンからはそれまでの青と白のモノクロ広告からカラー広告が中心となった。
    • 2007年シーズンからは、トヨタ専用回転広告の隣に、縦書きでビックカメラの広告ステッカーが貼られている(2009年度よりステッカータイプから外野フェンス広告と同じように白色で書かれている)。
  • 放送席の配置は、三塁側から順にJ SPORTSCBCテレビ東海テレビ放送NHK東海ラジオ放送CBCラジオとなっている(在名放送局は系列局向けの放送など本放送以外の放送ができるよう、1部屋をサブとして所有しているようである)。グランド側は開閉ができる窓がある。
    • ほかにもドームに放送席を所有していない放送局のために、いくつかフリーの放送席が用意してある。
    • 放送ブース前のブロックは、放送関係以外のマスコミの専用席となっている(一部席は放送関係も使用できる)。
  • 2005年頃まで中日戦中継でバックネット裏の1部屋(上記のトヨタ回転広告の近く)にテレビカメラを設置していたが、2008年頃から再び設置する放送局が出てきた(翌2009年頃からは遠隔操作のできるカメラを設置する放送局も出てきた)。
  • ドーム内のコンコースや喫煙所などには独自のテレビカメラ[3]で撮影された映像がテレビの試合中継のように放送されている。
  • ドーム内ではAMラジオの電波再送信を行っている。これによりドーム内でもAMラジオが良好に受信できる。一時期ラジオ局がこのことをCMで流していた。

運営母体「株式会社ナゴヤドーム」

ナゴヤドームの運営母体となる「株式会社ナゴヤドーム」は、1973年に経営破綻した「株式会社中日スタヂアム」(当時のホームスタジアム・中日球場の管理・運営会社)に代わる受け皿企業「株式会社ナゴヤ球場」として1975年10月1日付けで中日新聞社をはじめとした地元財界の共同出資によって設立。1976年から球場名もナゴヤ球場に変更して営業を本格開始した。

1997年からナゴヤドームの営業開始に当たり、社名も「株式会社ナゴヤドーム」とし、ナゴヤドームと、2軍のホームスタジアムとして引き続いて使用されることが決まったナゴヤ球場の2ヶ所を運営することとなった。その為現在も本社オフィスはナゴヤドームとナゴヤ球場の2ヶ所に置いている。

現在は中日新聞社会長の白井文吾が株式会社ナゴヤドーム社長と中日ドラゴンズオーナーを兼務しており、事実上両者の経営は一体となっている。中日ドラゴンズは株式会社ナゴヤドームの経営支援のため、年間40億円以上の球場レンタル料を支払っている。

なお、ナゴヤドームは2007年5月1日現在、三重テレビ放送の株式32.79%を保有する筆頭株主である。これは、中日新聞社および東海テレビ放送マスメディア集中排除原則の上限を超えて三重テレビ株式を保有していたため、制限をクリアするために譲渡したものと思われる。

中日ドラゴンズホームゲームでの入場者数発表

2005年から各球団がより透明性のある球団経営の定着を図るために、有料入場人員を実数で発表しているが、中日だけは実数に近い数値で発表するとしながらも、100人以下を切り捨てて発表していた。これは中日主催ゲームのチケットが他球団のそれのように半券をもぎるスタイルではなく、チケットに入場を証明するスタンプを押す方式であり正確な人数が把握できないからだった。2006年からは他球団と同様、1人単位までの実数発表に切り替えられている。

球弁

球弁(たまべん)とは、「駅弁」「空弁」を参考に付けられた、ナゴヤドームで売られている弁当を指す総称。2005年から名称を使っている。

「球弁」は、ナゴヤドームを本拠地とするプロ野球チームの中日ドラゴンズにちなんだ野球場らしいものが多い。中でも、ナゴヤ球場時代から販売されていた「ホームラン弁当」は、ドラゴンズの選手がホームランを打ったら翌試合には内容が豪華になる。

この他にも対戦チームによって内容が変わり、常連を飽きさせない工夫の球弁もある。また、味噌カツ、名古屋コーチン、愛知県の特産品を使った名古屋めしの球弁もラインアップされている。

ナゴヤドームの球弁は、「弁当屋が作ったもの」「仕出屋が作ったもの」「給食業者が作ったもの」があり、様々な味覚が楽しめるのも特徴。

オープン戦期間中にマスコミ向けに試食会が開催される[4]

2008年の交流戦では、「味の交流戦」と題して、相手球団の球場で販売されている球弁の味を再現して販売している。

コンサートを開催したアーティスト

海外アーティスト

国内アーティスト

中日ドラゴンズホームゲーム開催時における、ナゴヤドーム独自のもの

  • 他球団に先駆けて中日ドラゴンズのホームゲームが開催される試合のイニング間において、3アウトで守備交代時になった時などに独自のジングル『ROAD TO VICTORY』が流されている。中日広報の石黒哲男のアイディアらしく、気分を変えるためだという[5]。使用されるジングルは、毎年アメリカで3~4種類ほど制作されている。
  • 中日ドラゴンズのスターティングメンバーの発表・スピードボールコンテスト・1回表の守備につく際の紹介における場内アナウンスは、東海ラジオ放送のスポーツアナウンサーが担当している(当日の担当アナは試合前のホームラン賞のスポンサーなどが発表される時間帯の最後に紹介されている)。なおオープン戦での「CBC杯」に関しては、CBCのアナウンサーが担当する。

交通機関

脚注

  1. ^ Xリーグのチームは関東もしくは関西のチームがほとんどであり、東海学生リーグ関西学生リーグの2部相当である。
  2. ^ 出典・夕刊フジ2009年8月15日付
  3. ^ ナゴヤドーム雑学博士-知っていれば得をするかも-雑学博士2より。
  4. ^ 試食会の様子
  5. ^ [1]「BIGLOBE STARS2006‐2007。2006年のファンサービス」より

関連項目

ウィキメディア・コモンズ

外部リンク

前本拠地:
ナゴヤ球場
1949 - 1996
中日ドラゴンズの本拠地
1997 - 現在
次本拠地:
n/a
-
先代:
-
K-1 PREMIUM Dynamite!!会場
2003年
次代:
大阪ドーム
2004年-2007年


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