アステカ (プロレスラー)

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アステカ
プロフィール
リングネーム アステカ
ハラキリ・ハカタ
本名 非公開
ニックネーム 九州の有名人
伝説の神獣
古代文明
身長 170cm
体重 90kg
誕生日 1970年7月16日(39歳)
出身地 長崎県長崎市
所属 プロレスリング華☆激
スポーツ歴 シュートボクシング
ウエイトリフティング
トレーナー 磁雷矢
仲野信市
デビュー 1993年5月
 Template‐ノート:Infobox プロレスラー 

アステカ(男性、1970年7月16日 - )は、日本プロレスラープロレスリング華☆激の創始者。「神獣アステカの伝説」をモチーフとした覆面レスラーである。本名は非公開。"九州の有名人"というニックネームを持つ。長崎県長崎市出身。福岡市南区在住。福岡市立花畑中学校卒。

ハラキリ・ハカタリングネームは、コミックプロレス用の別キャラクターとして用ている。

目次

概要

黄色い立髪を靡かせながら宙を舞う、コスチュームも鮮やかな、実力派・和製ルチャドール。単身メキシコに渡りルチャリブレの動きを学び、メキシコマットでデビュー。帰国後はインディー団体を転々とするが、「茂木新団体設立」の報を聞き、レッスル夢ファクトリー入団を直談判。

1997年6月8日、福岡県山川町(現・みやま市)にて華☆激を旗上げする。九州の各マスコミに露出し、レスラーの育成にも従事している。華☆激をアピールするべく他団体にも積極的に参戦している。博多ライトヘビー級王座の最多防衛記録保持者(9回)。イメージカラーは赤。

入場曲・・・「Bark at the Moon」(オジー・オズボーン

来歴

ウエイトリフティングシュートボクシングで身体を鍛える。アマ・シュートボクシング歴が3年ある。

初代タイガーマスクに憧れてプロレスラーを志し、新日本プロレス学校で修行する。関節技の鬼・藤原喜明にしごかれた過去を持つ。新日本プロレスの入門テストに落ちてメキシコに渡り、師匠・磁雷矢の所へ押しかけ居候した。メキシコの鉄人と呼ばれた、レイ・メンドーサ道場で学ぶ。

メキシコでデビュー。デビュー戦は、1993年5月、メキシコ・ネッサ アレナ・ドス・デ・フニオにおける、対 デリート&アポカリプシス(パートナー 磁雷矢)。メキシコにはさほど滞在していなかったらしい。帰国後、みちのくプロレスで日本デビュー(対・磁雷矢)。フリーとして様々な団体に上がる。

SGPを経て、1995年レッスル夢ファクトリー入団。レスラーとしてのキャリアを積む。後1997年に夢ファク内の一派として、華☆激を旗揚げ。所属選手として夢ファクの試合に出つつ、時折華☆激単独の自主興行をしていた。このころから華☆激のエース兼若手選手のトレーナーとして活躍する。ちなみに2000年に華☆激が夢ファクから独立した後も、夢ファクの福岡大会などに出場していた。

2000年、博多ライトヘビー級の初代王者になる。師匠・磁雷矢率いる、ルチャリブレ日本との抗争を繰り広げる。

2001年ドス・カラスと対戦する。この年の末に華☆激が崩壊の危機を迎える。苦渋の末、解散を宣言するも周囲の引止めにあい、団体を存続させることを決意する。11月24日大阪プロレスタッグチャンピオンになる。パートナーミラクルマン

2001年2003年まで大阪プロレス「天王山」に、他団体枠で出場。2001年は1回戦でツバサに勝って、マスコミにも注目されたが2回戦敗退。以降は1回戦負け。2001年にディアブロとのタッグで大阪プロレス・タッグリーグ戦にも参戦。

2002年、新日本プロレスに参戦し、後に獣神サンダー・ライガー戦も実現させる。また、ドス・カラス・ジュニアとの縁でDEEPに参戦を果たす。和田良覚に負け、一宮章一と引き分ける。和田戦は、福岡ローカル番組「ドォーモ」で「男の生き様〜31歳 覆面レスラーの挑戦〜」と題された特集が放送された。

2003年5月23日、自身のデビュー10周年大会でリッキー・フジとのダブルタイトルマッチに勝利し、第5代レッスルブレインジュニアヘビー級チャンピオンになる。この時点で博多ライトとのシングル二冠王だった。

2004年、博多ライトヘビー級王座の最多防衛記録を樹立。

2005年8月、鈴木みのると対戦する。テレビ番組「saku saku」にコスモ☆ソルジャーと共に出演。木村カエラと共演する。

2007年田口隆祐の持つIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦する。

人物

  • グランド技術の巧さには定評がある。ルチャリブレの動きの中で、特にジャベ(関節技)に優れている選手である。試合展開の中で、メキシカンストレッチで痛めつける場面がよく見られる。
  • ストロングスタイルに、ルチャリブレの動きをプラスした、「ストロング・ルチャ」を提唱している。また、「ハードヒット」も標榜にしている。
  • ハッスルDDTプロレスリングといったエンタメ色の強いプロレスに疑問を持っている。台本に頼らない、格闘競技・スポーツとしてのプロレスをしたいと発言している。
参考までに2002年に行われた対獣神サンダー・ライガー戦後のコメントを掲載する。
「対ライガー戦は華☆激が、アステカが目指す理想のプロレス像でした。近年『これがプロレス?』と首をかしげたくなるような物がもてはやされ、マスコミ主導の下間違った方に向かっている様で悔しかったです。地方プロレス団体ということでプロレス雑誌に取り上げられる事も少なく、皆さんに華☆激の理念を伝える事ができませんでした。しかしドス・カラスから始まりソラール、初代タイガーマスクなど大物と呼ばれる方達の胸を借りて理想を追い求め、遂に獣神サンダー・ライガーにたどり着きました。試合の後「これがプロレスなんだ!」再確信しました。
華☆激は今流行りのプロレスからすると反対を向いているかもしれませんが、今のプロレス界が忘れてきたものを取り戻すべくがんばっていきますので、皆様のご声援よろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。」
  • 獣神サンダー・ライガーはアステカ戦後に「アイツとはハートで試合ができる仲だよ」とコメントし、アステカに一定の評価を与えている模様である。福岡のテレビ番組「獣神道場」で2人が競演した際は、仲良く談笑する姿が見られるなど良好な関係を築いている。
  • プロレスリング華☆激旗揚げから、エースとして活躍してきた。だが、エースとしての絶対的な強さや、カリスマ性に欠ける。ここ一番で怪我が多いのと、勝率が悪い。エースでなければ、無難にいい試合をする選手で良いが、何かはじける物がない。その点に関しては本人も認めている。
  • しゃべりが上手く、交友関係が広い。試合中お客を盛り上げるのが上手である。
  • リング上では紳士的な態度を重んじており、よく有りがちな相手に喧嘩を吹っ掛ける様な、マイクや態度を嫌っている。
  • ファンやマスコミからの評価が低いと言われている一方で、ライガー、スペル・デルフィンウルティモ・ドラゴンなど選手からの評価が高いという不思議な人物である。
  • ライバルはディアブロとスペル・シーサー

得意技

垂直落下式ブレーンバスター
聖☆スプラッシュ
セイント・スプラッシュと読む。アステカのフィニッシュ・ホールド。空中での姿勢が美しく、旧団体ロゴにもその姿が使われていた。空中で角度を変えられる。
聖☆プランチャ・スイシーダ
聖☆キャッチエンズイ
通称アステカキック。自身の蹴りを掴まれたらすかさず逆の足で延髄斬りを放つ。この技でKAZEが記憶を飛ばしている。
フライング・クロスチョップ
サンセットフリップ
アステカボム
バックドロップの形で肩の高さまで相手を持ち上げ、そのまま前に自分の足を広げて、その間に相手を背中から叩き付ける。
追い山落とし
クロスレッグ式フィッシャーマンズバスター。
追い山落とし2
クロスレッグ式フィッシャーマンズバスターの要領で持ち上げ、相手を180度横に反転させて、みちのくドライバーIIのように前に背中から落とす。
アステカスペシャル
雪崩式リバースブレーンバスター。大一番のみに使用する。
アステカクラッチ
仰向けに倒れている相手の上に跨り、相手の両足を交差させる様に持って座ってフォールする固め技。形はデルフィンクラッチと似ているが、アステカクラッチは相手の顔と向かい合わせになる方向を向いて両足を掴んでいる。左腕で力こぶを作って決めポーズをとる。最近は使用しない。
羽根折り脇固め
うつ伏せの相手の片腕を自分の両足で挟みつつ、もう片腕を引き上げて極める。彼が使う時は通常よりもやや変則ぎみである。
タコ蹴り
タコ殴りならぬタコ蹴り。棒立ちになった相手に対して、ローキックを連打し、尻餅をついたらトドメの一撃を延髄に入れてダウンを奪う、コンビネーションキック。打撃出身者ならではの力強い蹴りを放つ。

その他

  • レッスル夢ファクトリー時代、ストロングスタイル仲野信市道場で修行する。ゆえに本人は、「自分はレイ・メンドーサ道場と仲野信市道場出身」と公言している。
  • ビッグマッチを多数経験している。シングルで、獣神サンダー・ライガー、鈴木みのる、ドスカラスなど。タッグでは佐々木健介、スペル・デルフィンなど。組むことも多い。
  • ライガーに「マスカラス並みだ」と言われるほど人前でマスクを脱がない。彼の素顔を知るのはごく少数の関係者のみである。
  • みちのくプロレスで日本デビューしたとき、スペル・デルフィンは、何かと目をかけてくれていた。
  • 夢ファク時代は、現在のようなフルコスチュームではなく上半身は露出していた。そのため、当時のビルドアップされた肉体を見ることができ、またフルコスチュームにした初期の頃も、布越しにガタイのよい体を見ることができた。特に写真撮影時やアステカクラッチ時の、力こぶを作って見せる、決めポーズは格好良く様になっていた。マスクも現在と違っていて、頭の毛が白で、ヒゲも沢山ついていて口元が開いていたものだった。この頃は謙虚で爽やかだったらしい。
  • 2000年のスーパーJカップ出場者に推薦されていたらしいが、実現しなかった。しかし2004年のスーパーJカップには、本戦ではないが出場を果たした。
  • 「J-CROWN」ジュニア8冠統一トーナメントの時、ウルティモ・ドラゴンのセコンドについていた。8本のベルトを片付けたことがあるが、何のベルトがあったかは覚えていない。
  • デスマッチ否定派である。しかし2001年大仁田興行熊本大会で、大仁田厚とタッグを組んで有刺鉄線デスマッチを行った。これは食わず嫌い、やらず嫌いではなく身を持って体験した上であらためて、ウチのリングではデスマッチをやらないと主張するために出たと言っている。
  • 大阪プロレスで、タッグ王座を獲得した時の、パートナー・ミラクルマンとのコンビ名は「チーム・ハイパー」だったが、まったく浸透しなかった。
  • 大阪プロレス参戦時、博多ライトと大阪タッグの二冠だったため、リングコールの際、「大阪・福岡二大都市王者」とアナウンスされ、うかれる。
  • 「九州の有名人」はプロレスマスコミが付けた。
  • 2005年大阪プロレス参戦時に、武侍漢コンビから「何しに来やがった!このカステカ!」と罵声を浴びせられる。
  • ハラキリ・ハカタの時の入場曲は、海援隊の「あんたが大将」。
  • アステカがまだファンだった頃、ペガサス・キッド時代のクリス・ベノワに思い切って声をかけたことがある。プロレスラーになりたいと言うアステカに、彼は一緒にトレーニングをして、親切に教えてくれた。その後メキシコデビューした事を報告した時、すごく喜んでくれたという。そのベノワの訃報を聞いたときは、ショックだったと、公式BBSで語っている。
  • クレジットカードキャラクターになったことがある。九州日本信販から出された「アステカカード」。
  • KAZEと共に、グッドウィル・エンジニアリングの広告イメージキャラクターを務めていた。2007年6月〜8月まで、福岡県内の駅などで見られていた。

マスク職人

特技がマスク作りで、マスク職人としても有名である。自分のマスクやマントコスチュームも手作りで、コスモ☆ソルジャージャケットなども作っている。プロレスラーとしての収入と平行して、マスクの製作・販売も、生活の収入源としている。

獣神サンダー・ライガーのマスクのうち

  1. バトルライガー(2005年5月の東京ドームで、蝶野とのタッグで藤波、三沢と対戦した時のマスク。この年のG1で使った赤と黒のマスク)
  2. テロリスト(口が閉じているマスク)
  3. CTUマスク(ライガー含めてメンバー全員分および販売分)

以上はアステカ製である。

DRAGON GATEスペル・シーサーのマスクもアステカ製である。

メディア出演

  • ラジオ
    • ゴンザレス弘中のフィニッシューホールド(コミュニティエフエム下関・レギュラー電話出演)
    • テカデス(KBCラジオ・自身がパーソナリティを務める。第一回放送は9・11同時多発テロの緊急報道のため、放送中止)
  • テレビ

タイトル履歴

外部リンク



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